わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

文学

佐々木敦「新・私小説論」(最終回)

「群像」2017年7 月号掲載。思った通り、最終回で取り上げられたのは保坂和志。『未明の闘争』の文法的に破綻した書き出し、そして名作『カンバセイション・ピース』の哲学的・認識論的・主体論的論考。『カンバセイション・ピース』は読み返そうかな。 群像…

三浦雅士「言語の政治学」(9)視覚の零度

「群像」2017年4月号掲載。 仏教の本覚思想や進化論、さらにはヘルマン・ヘッセとトーマス・マンの作品の決定的な違いなど、さまざまなソースを引っ張り出しながら、原言語としての視覚について深く論じているのだけれど、いろんなものに言及しすぎていて、…

三浦雅士「言語の政治学」(9) 視覚の零度

「群像」2017年4月号掲載。 仏教の本覚思想と文学の関連性、そしてブレイク、ヘルダーリン、ヘッセといった自然と同一するような描写の多く見られる詩人たちの作品と傾向から、著者は言語の身体性、視覚性、そして見るという行為に潜む対象との自己同一化の…

佐々木敦「新・私小説論(12) 一人称の発見まで(承前)」

「群像」2017年2月号掲載。 一人称とは何か。文学作品における語り手の一人称、日本語の一人称といった問題から、「作者と作品を切り離して読む」というロラン・バルトのテクスト論をすり抜けるように否定しつつ、佐々木は「作者0」という概念を提唱する。読…

佐々木敦「新・私小説論(11)「一人称」の発見まで(承前)」

「群像」2017年1月号掲載。主語の省略の問題と小説の人称の問題。誰が語るのか、という主観/視点の固定化(あるいは流動化)は、映画のカメラワークに似ていなくもない。 群像 2017年 01 月号 [雑誌] 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2016/12/07 メディア:…

今年おもしろかったもの、感慨ぶかかったもの 2016年

《文学》 ※新刊だけ ●奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』 ●古井由吉「新潮」の連作短篇 ●瀬戸内寂聴「いのち」(「群像」連載中) ●磯崎憲一郎「鳥獣戯画」(「群像」連載中) ●保坂和志『地鳴き、小鳥みたいな』 おもしろい作品に出会えてはいるのだけれど、文芸…

座談会「群像70年の短篇名作を読む」

「群像」2016年10月号掲載。創刊70周年記念の短篇名作選の記念座談会。辻原登、三浦雅士、川村湊、中条省平、堀江敏幸。この五名の意見を聞きながら、編集部が54作品を選んだらしい。 作家も評論家も入り交じっての座談会。ひとまず前半を読んだが、ちょっと…

佐々木敦「新・私小説論」(8)

「群像」2016年9月号掲載。 私小説におけるナラティブ(語り)の問題。堀江敏幸の評論(のような小説?)、そして名作『雪沼とその周辺』の考察。『雪沼』を、私小説の本質(であり人間の本質であるとも言える)「私という他者」を逆転させて「他者という私…