わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

空は好きだがそらいろは嫌い

 八時起床。久々の晴。かと思えば、たちまち空には雲が広がりはじめた。しかし、久しぶりに陽光をおがめたのはうれしい。だがやはり、つきぬけるような空の青が見たい。雲の白とのコントラストが見たい。
 子どものころは「そらいろ」という色が好きではなかったのを思い出した。空はそのころから好きだった。だが色鉛筆セットや絵の具セットの「そらいろ」は、そして幼稚園や小学校の先生が教えてくれる「そらいろ」は、大嫌いだった。「みずいろ」も嫌いだった。だがぼくは水が好きである。河や湖が好きである。海だって(眺めているだけなら)好きである(というのは、マリンスポーツというのがどうも苦手だからだ。ぼくは泳げるが、水に体が浮かない)。どうしてだろう、と考えてみる。おそらくは、理屈っぽく書けばそれらが比喩・換喩で成り立つ名詞であるというのに、空や水の正確な色となっていないからではないかと思う。春の霞みながらも柔らかに輝く空色、夏の深くて入道雲に挑みかかるような力強さのある空色、秋のどこまでも高く広がっていく澄んだ空色、冬の鉱物のように凛とした鋭さを感じさせる空色、どれとも違う。それが嫌だったのではないだろうか。みずいろと水の関係も、おなじだろう。
 午前中はマンションの総会。終了後、共用部分の手入れ。通路の電球の交換や、庭に自生していた、つまり植えたはずのない木の枝切りなど。
 午後からは仕事をしようと思ったが、午前中の作業のせいかどうしてもコピーを書く心構えにならない。わりきって今日はオフということに。新宿に向かい、伊勢丹のメンズファッションセールへ。服を買うことは自分にとっては数好くない愉しみのひとつなのだが、今日は必要にせまられて、という意味合いが強いのでさほど楽しくない。むしろ、掃除や洗濯をする感覚に限りなく近い。「リキエル・オム」などのシャツ三枚、Tシャツ二枚。夏のシャツは頻繁に洗うせいか、痛むのが早い。だからお気に入りの「ヨウジヤマモト」や「ワイズフォーメン」ではコストパフォーマンスが異様に悪くなってしまうのだ。ひとつのブランドを(所有していることを誇示するのではなく、ただ純粋に身に付けることだけを通じて)愛することは悪いことではないと思うが、ひとつのブランドに固執する必要もないと思う。何を着たっていい。どう着るかが問題なのだから。もっとも、そう書くとブランドのテイストに自分のファッションを依存させすぎているぼくはたちまち自信をなくしてしまうのだけれど。
 東急ハンズへ移動。工具売場でT4/6/7が使えるドライバーを購入。新宿高島屋のデパチカにあるパン屋さんでパンを買ってから荻窪へ移動。西友でエアコンの清掃スプレーを購入してから帰宅。
 もどってから、さっそくスプレーでエアコンを掃除。ちょっとかび臭いかな、と思ったので。これで今夜から快適に仕事ができる。終了後、今度はアイロンがけ。洗ったままのシャツをしこたま溜め込んでしまっていたのだ。
 あれこれ家事ばかりしていたら夜になってしまった。夕食は手軽にピザにした。