わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

堀江敏幸『河岸忘日抄』

 流線型のヘルメットを被り、競技用の自転車を飛ばして嵐の被害を調べに来た不動産屋の担当者は、トライアスロンを愛する女性だった。主人公がノンアルコールビールをごちそうすると、彼女はトライアスロンには「水準の高い弱さ」が必要だ、と主張する。

 トライアスロンには、弱さが必要なの、とビールに気をよくした彼女は語りはじめた。三種混合ワクチンとおなじで、三つの要素のバランスは大切だけど、あまり均等でもいけないの。水泳の個人メドレーは四種類あって、構造は似ている。でも、ぜんぶ水のなかでのことだから、水陸両用の競技とは別のものだし、陸上の十種競技みたいにこなすべき技の数が多くてもごまかしが効きすぎて、逆に弱さが引き立たない。そもそも、満遍なくできて、ぜんぶ強くても、面白くないの、うまく言えないけど、「水準の高い弱さ」が絶対に必要なのよ、わかってくださる?

 船での暮らしで、弱さを隠さないことが美徳だと考えつづけていた主人公は、その言葉を受けて考える。

 奇妙な感覚だった。彼がずっと考えつづけてきたことが、思わぬ方向から思わぬ組み合わせの言葉になって降ってくる。三つの種目のバランスを取りながら「水準の高い弱さ」を、つまり「強い弱さ」をどう抱えていくべきか。それは、弱さを公然と武器にすえて進んでいくことの対極にある問いかけだった。