わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

堀江敏幸『いつか王子駅で』読了

 王子駅尾久駅周辺での日常と人間模様が、主人公が(おそらくアニキ的な思いがあったんだろうなあ)好意を寄せていた昇り龍を背負う印章彫り職人の正吉さんの不在という空白を埋めるように展開してゆく。それでも埋まらない隙間に、ときおり島村利正やら瀧井孝作やらに対する愛情に満ちた文芸批評や競馬の思い出が紛れ込む。それら、愛すべきものへの思いが、家庭教師をしている教え子、咲ちゃんの200mの試合の様子を描写するラストシーンに、みごとに集約していく。微笑ましい、緩やかな感動。心の闇を追い、苦悩や煩悶を描いたものだけが文学ではない、そう痛感させられる傑作だった。

いつか王子駅で (新潮文庫)

いつか王子駅で (新潮文庫)