わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

アルミホイルのように/ばたんきゅーとすたこらさっさ

 六時三十分起床。晴天。午前中は仕事が落ち着いていたので、布団を干したりベランダの掃除をしたり窓を拭いたりしたくなる空だが、早朝から向かいの木造一戸建ての解体工事がはじまり埃と騒音とで窓を開けてあれこれする気になどとてもなれない。ユンボが大きなエンジン音をたてながら屋根をつぶし、壁をぶち抜き、床をはぎ取り、柱をなぎ倒している。アルミホイルのようにクチャクチャになったステンレス製の風呂釜が撤去されるのが見えた。
 十四時、原宿へ。某自動車教習所の打ち合わせ。天気がよかったので明治神宮の境内にあるオープンカフェ風の休憩所で行った。が、ときおり頭上を飛び交う鳥たちが気になって集中できない。地面に降りたシジュウカラがこちらを見ていた。
 十七時、春日へ。某デザイン事務所で打ち合わせ。具体的な案件の打ち合わせではなく、今後は協力しあいましょうという意思確認というか。
 十八時、四谷へ。某企画会社で打ち合わせ。もうヘロヘロである。終了後、空腹に耐ええかねて立ち食いそば屋に。冷やしたぬきそば。味についてはあれこれ考えないことにし、二分で食べきる。
 夜はとんでもない脱力感に襲われバタンキュー。バタンキューとは死後であるが、この言葉がいちばんふさわしい気がするので使う。今日の帰り、ぼくの横を、猫背で肩だけいからせて、しかしアタマの上下動はまったくなく、膝もさほど上げず、足音もたてずに、ただただに正面だけを見つめ、競歩のような早さで歩いていく三十代のくらいの女性を見かけたのだが、その、身体の動きは必死なのに表情は妙に飄々としている妙な歩きぷっりが、すたこらさっさ、という感じだった。これまた死後だが、この言葉がいちばんふさわしい気がしてしまい、すたこらねーちゃん、とつぶやきひとりで笑った。