わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

古井由吉「地蔵丸」

「新潮」八月号掲載。音の記憶についての語りが、いつしか悲愴な記憶の語りへと変質していく。悲しみを引き出したいのではなく、何かを批判したいのでもなく、ただ、語る。そこで語られた言葉と言葉のつながりから、あるいは断絶から、何かを探り、引き出そうとする姿勢。しかしその、引き出したものをどうにかしてやろうという意図があるわけではない。探究のなかに、自然に身を置く。そんな感覚だろうか。

新潮 2012年 08月号 [雑誌]

新潮 2012年 08月号 [雑誌]

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