わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

蓮見重彦「フローベルの『ボヴァリー夫人』--フィクションのテクスト的現実について」

「群像」9月号掲載。映画評論以外の蓮見さんの作品を読むのは二十年ぶりくらいかもしれない。学生時代は『表層批評宣言』と『反=日本語論』に感銘を受けて一時期かぶれていたが、完全に理解しているわけではなかったし、まあ、あれはハシカみたいなもんだな。
 本稿、蓮見のライフワークとも言えるフローベールの代表作『ボヴァリー夫人』のテクスト論だが、タイトルにもあるように、テクストに書かれたことを現実としてではなく散文のフィクションとして読むことの困難さ、テクストを読むことによってテクストから知らぬうちにはずれた読解や勝手な思い足しをしてしまうことの危うさについてを、小難しく、延々と語っている。論理性の高さには舌を巻くが、一方で、テクスト論的な読みってちょっと退屈だったりもするんだよなあ。テクスト論を正しく理解しているとは言えないぼくが言うのもなんだけど。
 ちなみにぼくは、『ボヴァリー夫人』も、ほかのフローベール作品も未読です…。

群像 2012年 09月号 [雑誌]

群像 2012年 09月号 [雑誌]

表層批評宣言 (ちくま文庫)

表層批評宣言 (ちくま文庫)

反=日本語論 (ちくま学芸文庫)

反=日本語論 (ちくま学芸文庫)

ボヴァリー夫人 (河出文庫)

ボヴァリー夫人 (河出文庫)

ボヴァリー夫人 (上) (岩波文庫)

ボヴァリー夫人 (上) (岩波文庫)

ボヴァリー夫人 (下) (岩波文庫)

ボヴァリー夫人 (下) (岩波文庫)

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