わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

どうなるぼんしいく

 麦次郎の命日が近づいている。一周忌か。五時四十五分起床。

 妻は相模大野へ。ぼくは日曜だが仕事。某クライアントのポスター。

 十一時、西荻窪駅前へ買い出しに出かける。夏休みだからだろうか、家の近所は笑えるくらい人がいなかったが、駅前はそうでもない。いくつかの店が夏休み中だった。昔よく通った「ぼんしいく」の建物が老朽化で取り壊しに。お店はどうなるのだろう。

 アンセンのパンでサンドイッチをつくって昼食。食べながら、録音しておいた「爆笑問題カーボーイ」を聞く。太田裏口問題で、太田さん一時間近くしゃべりつづけていた。そして、その後のコーナーでは裏口をネタに何度も笑いを取っていた。今日の「サンジャポ」ではもっとコンパクトにしてしゃべってたみたい(仕事してたから見てない)。太田光裏口入学していないのはおそらく事実で、ラジオでは田中裕二がある程度証人的な役割も果たしていた。問題は、三十年以上前のこととはいえ、そういうことをしていた日本大学の側にあるんじゃないかな。もし仮に、太田が知らぬうちにそういう取引があったか、その交渉がなされていたとしても、そういう市場やシステム的なものがあったからこそ、取引なり交渉なりができたわけで。

 午後も仕事。葵、今日もコピー機の上でグースカと寝ている。

 夕方は予定していたところまで終わらせることができたので手を止め、一時間半ほどかけてみっちりストレッチした。くねくねしながらradikoのタイムフリーで「爆笑問題の日曜サンデー」を聞いたが、こっちでも太田さん、裏口ネタで笑いを取っていた。「カーボーイ」の時よりは元気があったような。

 二十時三十分、妻帰宅。夕食はピザとサラダで軽く済ませた。

 

 読書は大澤真幸「〈世界史〉の哲学 近代篇21 虚構性の勃興」(「群像」2018年8月号掲載)の後半。選択不可能だが想定可能な未来。その虚構性がプロテスタントの信仰心と根っこの部分でつながっている、ということか。

 

 

群像 2018年 08 月号 [雑誌]

群像 2018年 08 月号 [雑誌]

 

 

 

〈世界史〉の哲学 近世篇

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<世界史>の哲学 東洋篇

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<世界史>の哲学 古代篇

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<世界史>の哲学 イスラーム篇

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<世界史>の哲学 中世篇

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