わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

堀江敏幸「二月のつぎに七月が(18)」

「群像」2018年10月号掲載。連載開始当初は、ドラゴンボール孫悟空風に言えば「オラ、ワクワクすっぞ!」って感じで読んでいたのだが、もう連載18回。まだワクワクしている。ワクワクの性質はドラゴンボールとはまったく違うけど。

 父の形見の文庫本を読み進めては愛用の手帳に書き写しをすることを日課にしているおっさんの阿見さんが、作品世界に埋もれつつも自分の恋愛(?)的な経験を思い出し、ほんの少しだけ後悔する。こんな、とても小さなことでも本人にとっては大きな物語であり、その小ささと大きさを、巧みに折り合いを付けさせながら描いている。すばらしい。今「群像」の連載小説の中では一番好きだ。

 今回のラスト近くで場面はまた市場の食堂に戻る。野球盤ゲームの話。そして創立記念日で遊んでいた高校生たちが腹一杯食べるシーン。この描写がおもしろくてたまらない。なんなんだ、このイキイキした感じは。前半の阿見さんの静かで沈んだ描写との対比のせいだろうか。ちょっと引用。

 

 丕出子さんが即座に反応できずにいると、顔見知りの高校生がすっと立ちあがって冷蔵ケースの横の棚からおにぎりをひとつ手に取り、これ追加してくださと恃んだ。細身でたくさん食べるようにも見えないのだが、高菜のおにぎりを食べないと、やっぱり落ち着かないのでと言い訳をする。おれもそれ食べたい、ともうひとりのカレーうどんの粉も立ちあがって最後の一個をさらっていく。まかないの高菜を使ったできたてのおにぎりだ。(中略)うめえ、と若い声があがる。ベーコンが入ってる。ほんとだ、うまい、ともうひとりが唱和する。ハムカツカレーの子はそれを恨めしそうに見て、おれはおう腹一杯と、テーブルの下のおなかをぽんぽんと二回叩いた。ベルト触って腹を二回叩く、盗塁のサインか。ふたりが茶化すと、ハムカツカレーのランナーは、これじゃ走れんと真剣な声で応えた。

 「ハムカツカレーのランナー」。この言葉だけで、一本短篇が書けそうだ。笑った。

 

 

群像 2018年 10 月号 [雑誌]

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雪沼とその周辺 (新潮文庫)

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河岸忘日抄 (新潮文庫)

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なずな (集英社文庫)

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燃焼のための習作 (講談社文庫)

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