わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

麦次郎、麦茶、猫らしくない遊び

 五時四十五分起床。二つの原爆の日が過ぎ、終戦の日が過ぎ、当時とは比べものにならぬほどの暑さで日々は過ぎていくのだが、あの玉音放送を再現した映像の、ラジオの声に聞き入る人たちの肌をじっとりと濡らす汗、あれと同じ汗を、ぼくたちがかくことはもう二度とないのだろう、などと思ったりする。あの時、人々は暑さを忘れていたのか、それとも暑さであの雑音だらけの音から言葉を聞き出し意味をつかむなんて、とてもできない状況だったのだろうか。

 仕事。書斎で仕事をしていても、エアコンのスイッチはオンにしていても設定温度をケチって高めにしているから、汗ばかりかく。だから麦茶をがぶ飲みする。煮出すのが面倒になり、ここ数日は水出しにしている。少し淡い味わいになるが、こちらのほうが雑味はなくなるのかもしれない。愛飲しているのはクイーンズ伊勢丹のオリジナル商品、いわゆるプライベートブランドのものだ。つい先日まで飲んでいた、高知県の産直品を扱う吉祥寺のお店で買った有機・国産の麦茶は、これよりもさらにうまかった。また機会があれば買いたいのだが。

 夕方、5kmほどウォーキング。

 今日は愛猫・麦次郎の命日だったので、妻が麦の好物だった「なまり」をつかったサラダをつくってくれた。これも妻の得意料理のひとつ。我が家の暮らしは、猫という基盤の上でうごめいている。ま、麦茶と麦次郎とはあまり関係ないけど。

 夕食後はランニングへ。14kmを1時間20分。夜中でも灼熱か、と危惧していたものの、台風一過の影響か、強い風にだいぶ救われた。ランニング中はポカリスエットをチビ飲みし、終了後はクリスタルガイザーをがぶ飲みした。

 入浴後は葵にせがまれて、パンツいっちょでおいかっけこを延々と。麦次郎も暴れてもみくちゃにされるのが好きだったが、おなじシャムだからだろうか、葵も遊び方がおよそ猫らしくない。

 

▼最晩年。

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 大澤真幸「〈世界史〉の哲学 近代篇33 美からの逃走」(「群像」2019年9月号掲載)。芸術、とくに美術・絵画におけるイデア的な欲求(イデアの再現欲求って言っていいのかな)を「美の衝撃からの逃避」という考え方から考察している。引き合いに出しているのが、三島の『金閣寺』。うーむ…。

 

群像 2019年 09 月号 [雑誌]

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<世界史>の哲学 東洋篇

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金閣寺 (新潮文庫)

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