わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

小島信夫『うるわしき日々』

 息子の離婚問題を担当した弁護士の事務所を訪れる老作家。事務所のドアに向かう階段を昇る途中で老作家の頭の中にふと甦った記憶の部分がおもしろかったので、引用。

 その時、誰かにいわれたことが浮かんだ。
「どうしてあなたの小説の中では、主人公が怒らないのですか」
 そのとき彼は、しばらく返事ができないほど驚いた。
「どうして怒らないかといって、怒らねばならないことがあったかしら……、いいや、そんなことはない。いつも怒っていたような気がするし、怒りを相手にぶちまけたこともあったように覚えている」
「いいえ、あなたの主人公の小説家は怒ったことがない」
「もし、そうとするなら」
 と、老作家は階段の途中で立ち止まった。
「怒ることができない理由が、お前自身の中にあるからだ。どうしよう……」

 なぜ怒れないのか。怒れないことが、家族の分裂を呼び起こしているのだろうか。それとも。