わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』読了

 この作品を軽妙かつユーモラスにそして命の尊厳を描いた作品、などと評しているのをあちこちで見かけたが、うーん、違うんじゃないかな。これは、死を間近に感じはじめた、まともな愛を知らぬ男が、九十歳にしてはじめて他人を愛することで自己愛を恢復する物語だ。まともに人間を愛することができない。だから、愛することができるようにするためにはリハビリが必要なのだ。本作はその過程の物語である。
 主人公は、無意識のうちに「うら若い処女を狂ったように愛」しようとしたが、これは老年ならではのユーモアに満ちた書き出し、というものではなく、他者の破壊衝動でしかない。つまり、そうするしかないほど彼の愛を知らない状況は昂ぶり追いつめられていたのである。こうなれば、もう愛を知るしか余生を幸せに過ごす、つまり生きる道はない。つまり、物語の過程で破壊衝動が精神的リハビリへといつのまにか変わる。そこにこそ本作の価値があり、だからこそ破壊対象であり上質なリハビリの指導者としての相手は処女であると同時に、物語前半では主人公が起きている間は「眠って」いなければならなかった。『わが悲しき娼婦たちの思い出』というタイトルは、妻をめとらず娼婦を買いつづけた彼の人生に対する、彼自身による自虐的な自己否定だ。自虐とは、つねにユーモアを伴う。本作にちりばめられた失笑、苦笑の感覚はここに由来すると思う。

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))