最後の最後で、この作品は数十年後に母の葬儀を終えたあとに、弟と美容室に預けられたころの記憶を語り合ったことを書きつづったものだ、ということが明かされ、そこで作品は終わる。預けられたころの記憶から数十年の空白がある。読者はその空白を、父の病気のことや母が看病に行っていたこと、どうやらそこに父の愛人がからんでいること、そして美容室の娘たちと語り合った大人の「噂話」などから想像するしかない。その想像がどんな方向に向かっても、作者はラストの一行で作品世界における「現在」へと引き戻す。その、引き戻しっぷりにぼくらは感動してしまうのだ。かつて体験したことのない読後感。不思議な小説でした。ラストだけ引用。
(前略。ここまで、延々と商店街のある店先の、夏の昼下がりの様子が描写されている)
あの人たち、あの娘たちは今どうしているのだろうか、と弟が煙草をガラスの灰皿に押しつけて消しながら言い、私は黙っている。
私たちは、たった今、母の葬式をすませて来たのだ、と書こうとして、指はためらいに痙攣し、痙攣しつづける。
- 作者: 金井美恵子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2004/12
- メディア: 文庫
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