レムは読み進めるのが大変なので一時休止とした。さて本作。離婚が原因なのか、別居していた父が他界したのち、主人公の蕗子さんは父が生前「めぐらし屋」という商売をしていたことを、父が住んでいたアパートに残っていたノート、そしてそこに偶然かかってきた電話で知る。
ソフトだが印象的な情景描写を通じて物語が進む。物語中心で、そこに文学性を補完するための描写というありがちなカタチではなく、描写と物語が共存している感覚。言語芸術としての小説としての完成度が高い。なのに、敷居が低い。つまり、読みやすい。
書き出し、少し引用。「傘」の描写から、スッと焦点が物語自体へと移動する。映画的でもあるのかな。
黒い背にすりきれた金文字の商標が入っている厚手の大学ノートを広げたとたん、蕗子さんは言葉を失った。表紙の裏に画用紙の切れ端が貼りつけてあって、そこに黄色い傘が描かれていたからである。粗い筆致のクレヨン画で、きれいに開いているのと閉じられているのと二本、輪郭は黒、柄の先のハンドルにだけは茶色が使われており、開いている傘の近くに、赤いランドセルを背負ったちいさな女の子が立っている。
わたしのだ、これ、わたしの絵だ、と蕗子さんは思った。
最後まで手をつけずに残しておいた文机の上の、こまごまとしたものを右袖の引き出しに入れようとしたときそこにノートが何冊か入っているのが目につき、うち一冊をたまたま手にとって開いてみたら、いきなりそんな絵が出てきたのだった。びっくりしてよくたしかめてみると、大きさこそ違うけれど、どれにも黄色い傘の絵が貼られている。
- 作者: 堀江敏幸
- 出版社/メーカー: 毎日新聞社
- 発売日: 2007/04/01
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