現在の古井の文体は、この作品で完成したのではないか。そう思わせるくらい、表現にゆらぎがない。表現にゆらぎはないが、内容は狂気と正気のあいだを、事実と妄想のあいだを、性愛と義務のあいだを、憎しみと優しさのあいだを、記憶と偽の記憶のあいだを、ひたすらにゆらぎつづける。そのゆらぎのなかで、少しずつ解き明かされる杉尾と萱島、そして石山の関係は、純文学の範疇にありながら、妙なスリリングさをともなっていく。本作は、人間模様を描くだけでも十分にアクション性の高い推理小説になりうる、という実験なのかもしれない。
- 作者: 古井由吉,松浦寿輝
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2003/05/10
- メディア: 文庫
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