わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

堀江敏幸『郊外へ』

「霧の係船ドック」。要するに、タナボタってことだな。
「ロワシー・エクスプレス」。フランソワ・マスペロという作家の同名の小説(エッセイ?)との出会い、そしてその読解。小説家が、無名の女性カメラマンとともに首都圏高速交通網・RERのB線に沿って、一駅一泊の旅をする。その写真を「初対面の人間から身内の匂いを引き出し、それぞれの写真にあるはずのない共通の思い出を焼き付けてしまう手腕」と絶賛する一方で、主人公はパリ郊外の街シテ・ドゥ・ラ・ミュエットにあったユダヤ人収容所のエピソードを読み戦慄する。郊外にもまた、悲しい歴史は深く刻まれ、そして郊外はその悲しみを現代まで引きずりつづけているのだ。
 駅をめぐる旅は、街のぬくもりを感じ取る一方で、街の荒れた影の部分にも目を向けざるを得ないものだったようだ。ちょっと引用。

 郊外にはなにもない。それはたしかにそのとおりかもしれない。だが、なにもないという感触がどこから来るものなのか、なぜ不良少年たちがたむろするすさんだ街が生まれてしまったのかを、たとえば社会学の大義名分をもって複数の専門家を動員し、大がかりなアンケートを完成させるのではなく、まずじぶんの足と目を生の空間で駆使してみることが重要なのである。郊外の街の受け身の変転を見据えることがそのまま自身の現在と過去を見つめる姿勢に通じ、どこにでもありそうな生活と、その裏面に張りついた忌まわしい過去が、巧みな比喩や安手の感傷に置き換えられず整理されない実感として心の底に放置されているところに、本書の類例のない迫力がある。