最終章「タンジールからタンジェへ」。日本に戻った語り手は、新しく借りる部屋を探すために訪れた用賀あたりの高速道路のそばに、ふとパリ郊外とおなじ空気を感じとる。その回想に、「言表」を中心に物語世界を構築しているオカールという推理作家の作品が汽水のように交わり、いつしかそちらのほうが濃くなってゆく。
異国に住み、暮らすとはどういうことか。中心ではなく郊外、「へり」に住むとはどういうことか。そんなことをあらゆる方向から、フランスの文学や美術(主に写真だけど)のコンテクストを借りて語るという不思議な手法を取った作品。その試みは、収録された作品の半分以上で成功している(単なる批評になりかけているものも多いので、「全部」とは言わない)。ぼくはこれを「小説」と呼んでいいと思う。
ぼくが読みながら感じていた問いは、作品のラストで語り手自身が考えてくれていた。引用。
中心でも周縁でもない「へり」のような死角。二でも三でもない中途半端な世界。それはある意味で、じぶんの目にした光景を、他者に関係なく押しだす閉じた回路が、最も有効に働く空間ではないだろうか。異国の郊外で私がどれだけ幸福な散策を繰り返したにせよ、畢竟それは、他者の視線をたくみに回避しつつ、こちらの視線だけを地名や書物にぶつけて、その「言表」のクッションボールを架空の物語に仕立て上げていたに過ぎないのではないだろうか。
最後の最後に作品否定。だが、これが異国や「郊外」、そして生活そのものについて考える際の、新しい視点を生むことになるのは間違いない。
- 作者: 堀江敏幸
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