わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

谷川俊太郎『シャガールと木の葉』

 詩集を一気読みするのが苦手だ。ゆっくり咀嚼しながらでないと作品を楽しめない馬鹿だからなのだろうが、そういうわけで、買った詩集はいつも時間をかけて、ゆっくりと読んでいる。
 谷川の近作は若い頃に比べて内容が明確で具象的なのだが、それでも、やはりゆっくり読んだほうが楽しい。今日読んだ「断片」という作品は、ちょっと初期の作品のテイストに似ているのだが、とても気に入ったので引用。

ゆっくり手をあげて
ゆっくり手をおろす
息ひとつ
私は生きている

沈黙という言葉で
沈黙をはるかに指し示すことはできる
だが沈黙という言葉がある限り
ほんとうの沈黙はここにはない

そして窓が開いている
朝の庭へと
どう生きるか問うべき時だ
刻々

言葉をとらえようと呻く野獣たち
言葉から逃れようと呻く人間たち
憎悪を理解しようとすること
それこそ愛のはじまりだ

 生きるとは、騒々しい言葉に満ちた混乱の世界に我が身を投じることなのではないか。この作品を読むと、そんなことを考えてしまう。タイトルの「断片」とは、作品の各要素が断片的なだけでなく、この世界の様相が、そして人間の生き方そのものが、ほんとうは断片なのではないか、人間も世界も、その集合体でしかない、そんな意味も含んでいるように思える。

シャガールと木の葉

シャガールと木の葉