「新潮」六月号掲載。萱根という還暦の男のもとに、旧友が死病の床についたという連絡が入ったところから物語ははじまる。旧友は、大事なものを渡したいのだという。しかし、手渡されたものに形はなく、ただ、針のようなものを握らされている、という感覚だけが残る。ここで話は一旦途切れ、萱根の若い日の夢の記憶と、夢とおなじくらいに不条理さのある、とある女の家探しを手伝った話が展開されるのだが……書き出しが相変わらずすさまじい。こんな季節描写、はじめて読んだ。ちょっと引用。
春先の冷えこんだ曇り日は、ときおりうっすらとでも灯が洩れれば、刺々しく天を突いていた枯枝の先がやわらかにほぐれて、霞んで見えてくる。雲の明るみに声はないはずだが、眉をひらいて遠くへ耳をやり、傷の痛みの、薄紙一枚ずつ剥がれていくような、淡い恍惚感を覚える。再生ということを思わせられる。我身一個を超えた万象の再生らしい。
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- 作者: 古井由吉
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/12/07
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