わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

体内時計というよりも腹時計

 ここ数カ月、花子の体内時計は狂いっぱなしだ。それは体内時計というよりも腹時計で、要するに数カ月前よりも早めに腹を空かし、朝食をねだる。それが十数分レベルであればかわいいものだが、一時間を超える誤差となって表れているのだから世話が焼ける。四時半の朝ゴハンにも苦労していたというのに、最近は三時、早いときには二時台にせがまれる。ケージの上だの棚板の上だのデスクの上だの、やや高めの場所からいらついた表情でぼくを見下ろし、ふにゃんふにゃんとゴハンをせがみつづける。こちらは根を上げて起きるしかない。ただし、三時過ぎのときはゴハンを与えてしまうが、二時台のときは絶対にやらない。これ以上早まったら朝食ではなく夜食になってしまうからだ。一日四食という非効率な食事ペースが待ち受けている。それを回避すべく、二時台の「腹減った」には厳しく対応する。といっても、ダメ、ときつく言うわけではない。相手にしない。無視するというのとは少々違う。心の中で、まだ早いまだ早い、とマントラのように言葉をつぶやきつつ、布団をかぶる。目を固く閉じる。するとそのうち根を上げる。まれに根を上げず、一時間以上粘られることもある。根比べだ。その場合、タイムリミットを三時二十分ごろと決めている。この時間を過ぎたら、むくりと起き上がってキッチンに向かい、ゴハンの用意をしてふたたび寝室に戻る。与えたらすぐ横になる。ただし眠らない。食べ終わると同時に、お水を飲ませろと要求されるからだ。花子、近ごろは汲みたての水でないと飲まないのだ。水を汲み、洗面所で飲ませ、ぺちょぺちょぺちょとやっているうちに、こっちはトイレで水分を出し、じゃーと流したところでふたたび、いやみたびか、布団に潜る。花子はもう騒がない。こっちにおいで、と小さく声をかけ、酔ってきたところを横になったままの姿勢で抱きかかえる。ゴロゴロと喉が鳴っているのが聞こえる。その振動が心地よいのか、ぼくはたちまち眠りに落ちる。
 五時五十分起床。朝のテレビも総選挙一色。選挙というよりイエスノークイズだったな。そんなことを思いつつ、身支度を進めた。
 台風の気配を感じながら仕事。夕方には東京を抜けたようだ。
 夜は録画しておいた「アメトーーク」を観た。野生爆弾、もう少し状況判断力が身に付けば東京でも受け入れられるのに。

アメトーーク! DVD 4

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アメトーーク! DVD 5

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アメトーーク! DVD 6

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