「群像」四月号の「特集 戦後文学を読む」に掲載。椎名麟三ははじめて読む。で、のっけから、なんじゃこりゃあ、である。いやあ、馬鹿田大学文学部卒、って感じの破綻していそうで絶妙なバランスのある、不思議な魅力に満ちた文体に打ちのめされてしまった。引用。
朝、僕は雨でも降っているような音で眼が覚めるのだ。雨はたしかに大降りなのである。それはスレートの屋根から、朝の鈍い光線を含みながら素早く樋へ滑り落ち、そして樋の破れた端から滝となって大地の石の上に音高く跳ねかえって沫をあげているように感じられる。しかもその水の単調な連続音はいつ果てるともなく続いているのだ。ただこの雨だれの音にはどこか空虚なところがある。僕が三十年間親しんで来た雨だれの音には微妙な軽やかな限りない変化があり、それがかえって何か重い実質的なものを感じさせるのだが、この雨だれの音はただ単調で暗いのだ。それはそれが当然なのであって、この雨だれの音は、このアパートの炊事場から流れ出した下水が運河の石崖へ跳ねかえりながら落ちていく音なのだ。
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