布団に入っている間は静かに雨音が響いてきたがいつしか途絶えた。だが陽は射さず、もう一度降るか、降ったり止んだりを繰り返したりか、そんな調子なのではないかとなんの根拠もなしに考えていたのだが、昼には雲は多く残るものの、梅雨の中休みという言葉がいかにも似合う晴れ空となった。こうなると、早めに咲きはじめたノウゼンカズラやらタチアオイやらがよく映える。百合もあちこちで開きはじめた。目線を少し落とすとクチナシの花が枯れはじめ、さらに落とすとドクダミの花が完全に枯れていた。
午前中は掃除。そして杉並区長選挙、区議会議員補欠選挙。
クイーンズ伊勢丹で買った天丼、太巻き、アサリの炊き込みごはんを妻とわけっこして昼食。
午後は中沢新一「レンマ学(6) レンマ的無意識」(「群像」2018年7月号掲載)を読む。レンマという考え方(認識論?)とフロイトの深層心理の共通点。だがフロイトのいう深層心理はレンマの一端でしかなく、さらに深い心理の部分にレンマが展開されている、ということなのだと思うのだが、理解しにくかったなあ。
夕方はランニングへ。13.6kmを1時間21分。ひさびさにサポーターやタイツ、そして特殊インソールといったものをすべてナシで走ったのだが、まったく問題ナシ。この時間に走ると散歩中のいろんな犬を見ることができてたのしい。上井草ではウグイスの声を聞き、自宅近くを流れる善福寺川では、かなり育ってきたカルガモの子どもたちを見かけた。
夕食は和食いろいろ。食べながら見た「日曜美術館」が、フランス人のジャーナリストなのかな、女性が日本の美術館をめぐる企画をやっていたのだが、外から見た日本文化がいかにもステレオタイプ的ではあるのだが、実は日本人以上に様式や変化、もてなしといったことに敏感な人だったので、美術館の、気づいてはいるがぼくらが十分に言語化・意識化できていないことにたくさん気づいてくれていて、それを海外の観光客たちに発信しているというのは、ありがたいことだし、その本を読んでみたい、と少し思った。ロバート・キャンベルとパンツェッタ・ジローラモも出ていた。
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