晩年期の一連の小説作品とは違って、「死」という回避できない状況からは少しだけ距離を置き、歳を取るということのほうに正面から向き合っている、そんなエッセイが目立つ。そして良品ばかり、という印象。
荷風の日記に記された最晩年の生活についてを語っている「『断腸亭日乗』を読む」のラストがおもしろいので、引用。こんな、ユーモアと哲学とがいいバランスで同居している文章、いつか書いてみたいものだ…。
人間は生きているかぎり、永遠を思うことはあっても、見ることはできない。死ねば、永遠となった自分を、知る自分もない。そう考えるのが分相応のところなのだろうが、しかし寿命が満ちる間際に、生涯が今この時に集まって、もし瞬時でも自足が生じるなら、それは人間に許されるかぎりの、永遠なのかもしれない。
死について語っているようでいて、実はそうではなく、歳を重ねながらギリギリのところを延々と、そしてだらだらと生きていく、その気の遠くなるような面白さについて語っているのだと思う。一種の生命賛歌なのだろう。