五時四十分起床。今朝もまた寒い。パジャマのままでトイレに行くのが意外にしんどかったりするが、命の危険を感じるほどでは全くないから気にする必要はない。
連休の最終日だが、仕事。某家具メーカーの案件をまとめ、続いて某建設会社の案件を進める。ひたすらアンケートを読み、赤のボールペンでメモを書き込むという地味な作業。これもなんとか予定していたところまで終わった。
夕方、妻と荻窪の西友、タウンセブン、ルミネへ。ひなあられ、ビーフシチューのルー、猫砂など購入。人出は多い。ミニスカートの女子高生がちらほら。元気だなあ、と横目で見ながら何度も思った。
夕方はずっとさぼっていた靴磨き。実は割と好きな作業だったりする。
保坂和志「鉄の胡蝶は記憶は夢に歳月を彫るか(79)」(「群像」2025年3月号)。マルケスを例に出しながら小説における「未完のままでかまわない」という考え方について触れていた。個人的には、『百年の孤独』はあのラストがなければ作品として成立しないと思っていたけれど、ラストなしでもおもしろくはあるかな。まあ、確かに未完だからこそおもしろい作品はたくさんある。そして、意図した未完は、完結なのだと思う。保坂さんの場合は、『プレーンソング』とか『カンバセイション・ピース』はそんな感じ。『季節の記憶』とか『未明の闘争』はきちんと終わっている印象があるけど、印象だけが残っていて、そんな終わり方だったかはよく覚えていない。『季節の記憶』は子どもの暗唱が印象的だったけど、あれが大ラスではなかった気が…。



