わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

へろへろ

 五時四十分起床。昨日のランニングの疲労感が残るが、へろへろというほどではない。

 日曜だが少しだけ仕事。某案件の状況整理。早めに片付いたので、その後は確定申告のための領収証整理。医療費がとんでもないことになっていることに改めて気付いた。

 午後、外出。妻の花粉症の薬を処方してもらうために調剤薬局に付き合い、その後は神明通りにあるコーヒー豆の専門店「豆の木」でコーヒー。その後は神明通りをひたすら東に歩き、荻窪の環八沿いにある義父母宅を目指すが、気付いたら高井戸のほうにいた。神明通りは高井戸につながっているらしい。少し遠回りする感じで、十五時三十分、義父母宅に着。

 義父が誕生日。何もいらないと言われているが、それでは申し訳ないのでコーヒー豆とクラフトビールをプレゼント。義母からは雛祭りのちらし寿司をいただいた。花粉症の話やカレンダーの話。義母の祖父母から預かって困っているらしい、和綴じになっている古い本(というか、ノート的なものなのかな)を見せてもらった。一つは淡路島の「稲田騒動」について。もう一つは生活の智慧的な内容。体調が悪くなった時の対処法が書かれているのだが、薬草的な民間療法だけでなく、呪いについても書かれていた。備前焼の壺を引き取ってほしいとも言われ、こちらは承諾。次回うかがう時に預かることにした。ついでに『備前焼の鑑賞なる本』をいただいた。昭和四十二年発行、四十八年改訂のもの。目利きの人やコレクターは、こんな資料で勉強するのだろうか。

 

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 OKストアで買い物をしてから帰宅した。

 

 吉岡乾「ゲは言語学のゲ(20) 彼らを鬼とは呼ばせない」(「群像」2025年3月号)。主にアジア圏の、鬼に関する言葉についてユーモア(皮肉も、かな)たっぷりに語っている。この連載の特徴だが、同じ語源を持つ言葉が曲解されながら多彩に広がっていくさまは言語学としてだけ楽しむにはもったいないくらい。