わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

ソーセージにはうるさかったのかもしれない

 五時四十分起床。久々の寝汗。ああ、本格的な夏がきたのだなあ、と思いつつ朝から湯を浴びる。

 仕事。大きな山は越えたのだが、今週後半にまた大きいのがやってくる。それに備えつつの進行。集中し続けるために、エアコンに頼りっぱなしなのが気になる。

 夕食。納豆オムレツを食べながら「家事ヤロウ」を見た。埼玉の「サイボクハム」が紹介されていた。埼玉に実家があって大学は仙台の東北工大だった友人Iは学生の頃、仙台にあるソーセージ工場を見学に行っていた。それほどソーセージ好きという印象はなかったのだが、実は子どものころからサイボクの味に慣れていて、ソーセージにはうるさかったのかもしれない。

 

 川内有緒「ロッコク・キッチン 浜通りでメシを食う(6)」(「群像」2025年8月号)。最終回。福島の浜通り近辺での食生活を追うエッセイ。放射能風評被害との食文化についてのエッセイかと思って読みはじめたのだが、「食う」という行為が人の命をつなぐだけでなく、土地の記憶と人とをつないだり、縁もゆかりもない人をその土地につないだり、そして人と人とをつないだり、という無限の豊かな、儚くも強くもある不思議なつながりを生み出し紡いでいくのだ…ということを実感できた、とてもいい作品だった。