わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

おなじ色

catkicker0012005-11-16

 七時。デジタル表示の目覚まし時計がけたたましく電子音を響かせる。止めようとしたら、なぜか壊れた。寝ぼけてチカラを入れ過ぎたのか。アラームを止めた七時〇分十秒のままま、パソコンで言えばフリーズ状態、まったく動こうとしない。時間は止まっているわけではないのに、時間を示す時計は止まる。当たり前なのだが、それが妙なほど不思議に思えてしまった。
 九時三十分、外出。寒い、が青い。冬空だ。昨日、一日中空を覆い尽くしていた鉛色の雲は風にどこか遠くまで流されたのか、ちぎれちぎれになって消えていったのか、今日の空にはまるで浮かんでいない。頭上が一番高く果てしなく見える空の奥生きのような感覚、そして掠れたように澄む青さがいかにも初冬らしい。そらのてっぺん。そんな言葉がふと浮かんできた。足元に目を向けてみる。黄色く乾いた桜の枯葉が路肩に溜まっている。青空も、枯葉も、どちらも自然が生み出した色だ。
 十時三十分、赤羽橋のT社で打ち合わせ。十四時、帰社/帰宅。戻ってからは明日の取材の準備。都内某所にできた複合ビルのショッピング街の取材。スケジュール管理とネタ帳、アイデア発想ツールであるPalm Tungsten C、空き時間に原稿を書いてしまうためのノートパソコン(実際にはSHARP Teliosという5年前に発売されたHandheld PCという仕様のキーボード付きPDA)、取材中のメモを取るためのシステム手帖、ボイスレコーダー、デジカメ、そしてケータイと、ツールてんこ盛り。うんざりするが、仕方がない。
 夕食後、書斎で作業していたらカミサンが、空がおもしろいと言い出した。ベランダへ出てみる。真円に近い、丸い月がまだらな雲を明るく照らす。そのまだら具合が、蛇革かなにか、天然皮革の皺や模様に見えなくも内。光は空の隅々にまで行き渡り、雲はその濃淡や掠れ具合まで、すべてを地上にさらけだしているように見えた。いつもなら、夜空に紛れてわからないのだろう。

 色川武大狂人日記』。同居することになった圭子と打ち解けたい。だが自分はひととのコミュニケーションが取れない。すぐに自分の殻に閉じこもってしまうことを気にし、そんな自分を変えたいと思う主人公。病人として圭子に面倒を見てもらいながら生かされるのではなく、自ら生きたいと希求しはじめる。仕事を見つけようと職安に出かけるが、正直に精神病のことを話したために、窓口担当者に主人公は一蹴されてしまう。それを聞いた圭子は、仕事をする必要はない、したいなら仕事を選べ、と主張する。そこでふたりは衝突してしまう。引用。
《「−−あたしがわるいのね。病院から誘い出してしまって」
「いや、君には感謝してるよ。馬鹿な女だなァ、とも思ってる」
 圭子が眼をあげた。
「精神病院から五十男をひろいだしてきて、夢を見てるって。どんな夢が見れるんだ。君もまだ患者だよ。ちっともなおってやしない」
 自分は言葉を吐きだすように続けた。
「あそこで朽ち果てるだろうと思っていたのに、またこうして世間の風に当てて貰って、俺は得したよ。だがな、ただ君のお荷物になっているのがこたえているんだ。俺たちの病気はそういう屈託が毒さ。俺はどんどん悪くなる。それが君にわかってない。仕事を選べって−−? 俺をくずのように扱え。亭主の真似事をさせるなら、うんとこき使え。くたびれて死んだって、それでいいんだ。俺はそれで救われる」》
 世界でいちばん悲しい「救い」のかたちだ、と思った。