わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

 五時四十分起床。今日は完全オフ。朝から読書。

 先週末のランニングで転倒しかけた際に軽く足を痛めたので今週は休もうかと思っていたが、もうまったく痛まないので(そりゃそうだ。ほんとに軽かったから)ランニングへ。善福寺川沿いから練馬関町、吉祥寺方面を15km。涼しくて快適に走れる。でっかいレトリーバー二匹と散歩している老夫婦を見かけた。善福寺池あたりは一時期よくボルゾイを頻繁に見かけたが、最近は減ってしまったような。世代交代しちゃったかなあ。

 
 
 
 
 
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 若松英輔「見えない道標(7)」。命、生きることにまで深く関わるような書籍との出会い、そして「手紙」という形式。

 
 
 
 
 
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たいして変わらぬ朝の

 今朝も五時四十分起床。今日は完全休養と決めていたからこんなに早く起きる必要はないのだが、動物たちの世話も掃除もあるから、とついついいつも通りに起きてしまうのだが、予想外の仕事のメールがいくつか届き、月曜でもいいというのに対応していたから、結局平日とたいして変わらぬ朝の過ごし方をしている。

 午前中は念入りに掃除。掃除機を変えてから、掃除の作業が少しラクになった。取り回しのしやすさによるところが大きい。

 納豆へぎそばで昼食。

 午後は妻と吉祥寺へ。妻の画材の調達、葵にボロボロにされたカーテンとカーペットの下見など。吉祥寺美術館へ行くつもりだったが、かなり混雑しているようなのでやめておいた。

 夜はほどほどのんびりと。

 

 以下、すべて「群像」2021年10月号より。

 

 

 柄谷行人「霊と反復」。ここでいう霊とは心霊現象というよりもある種の観念、精神性、共同幻想にもちょっと近いと思う。『マルクスその可能性の中心』や『探究』などは学生の頃に(『探究』は社会人になってからだったかも)読んでいるのだけれど、柄谷がこういう方向性に関心を示していること、マルクスの「資本主義の亡霊」といった表現に注目していたことは、あまり気にしなかったなあ。

 

 

 蓮實重彦「窮することで見えてくるもの 大江健三郎『水死』論」。蓮實の文芸批評は久しぶりに読むのだが(何年ぶり? 十数年ぶり?)、こんな書き方をする人だったっけ? という感じ。『表層批評宣言』『反=日本語論』は学生のころに夢中になった本。

 

 

 吉川浩満「後ろ向きの予言書 『〈世界史〉の哲学 近代篇』を読む」。大澤真幸の近著であり「群像」で連載を十年以上つづけているこのプロジェクトの最新刊の書評、というか、そのコアとなる部分の超簡潔な解説、って感じ。

 

 

性格上の問題か

 五時四十分起床。今日も慌ただしい一日。銀行での事務処理、リモートでの打ち合わせ、受注案件の問題点への対応、プレゼンの準備などがあれこれ重なり、加えて喘息の定期検診もあり、土曜日も働くことになるかと覚悟していたが、意外にも早々にすべてが片付いた。タスクが多いと、どうしても気が急く。だが、やってみるとそうでもないことのほうが多い。自分の処理能力を過小評価しすぎているのか、それとも仕事を全体で見る目が養われていないのか、はたまたたんなる性格上の問題か。

 

 長野まゆみゴッホの犬と耳とひまわり(21)」(「群像」2021年10月号掲載)。え、燃やしちゃったの?

 

 

 

 

叩いている時間も長い

 五時四十分起床。蒸し暑い朝。今年最後の真夏日となるのか、それとももう少しつづくのか。今日は秋分の日だ。

 祝日ではあるが、仕事。取引先からのメールも何通かあり、平日並みに慌ただしい。キーボードを叩いている時間も長い。

 夕方、落ち着いたのでリニューアルした西友荻窪店に行ってみた。無印良品が広大になっており、冷凍食品も扱うようになった。わが家の無印率、上がるかもしれない。地下のタウンセブンでお寿司を買って帰宅。夕食にした。

 

 瀬戸内寂聴「その日まで」(「群像」2021年10月号掲載)。エッセイの隔月連載なのだが、今回は例外的に短篇(というか掌篇)小説になっていた。死と、不思議な愛情。原稿用紙にしたら10枚くらいだろうか、というのに、妙なほど起伏に富んでいる。

 村田喜代子「新「古事記」(2)」(「群像」2021年10月号掲載)。舞台は第二次大戦中のニューメキシコあたりで、主人公は日系二世の女の子なのだが、とても不思議な世界観。

 

 

 

 

 

今日の事件簿

  • みつもりたんまり事件
  • ゆうびんみっちり事件
  • あおやぎベーグル事件
  • ポテサラうまうま事件
  • イーグルいいなあ事件
  • プリングパンチズ事件

 

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イメージのずれを科学的、統計的に

 五時四十分起床。

 九月も下旬にさしかかり日の出の時間は少しずつ遅くなっているようだが、まだまだ夏を引きずっているような天気と暑さ。さすがに蝉の声は滅多に聞かれなくなり日差しも鋭さの角が取れてきたようだが、気温は一丁前に夏並みに上がっている。しかし、空の雲の描く模様や青空の色味は記憶の中にある秋の空とほぼ一致する。気象とは、こうした一般的な認識、イメージのずれを科学的、統計的に修正する作業のようなもの、なのだろうか。

 仕事。某案件のコピーをメールで送り、別の案件のコピーも確認してからメールで送り、さらに別の案件のコピーも別案を無理やりヒネリ出し、カタチにしたところでメールで送った。メールで、といっても、すべてWordやPowerPointのファイルだ。

 午後、耳鼻科医へ。上咽頭炎は完全には治りきっていない。まだ炎症が残っているらしく、アレルギー性のものだとしたら、しばらくは薬をつづける必要があるそうだ。

 夕食は妻が生姜焼きをつくってくれた。うまし。

 

 多和田葉子「太陽諸島」(「群像」2021年10月号掲載)。『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』につづく、Hirukoシリーズ第三弾。Hirukoは北欧で出会った国籍バラバラ言語バラバラの仲間たちとともに、消滅してしまったらしい故郷の島国を船で目指す。

 

 

 

 

 

関係のない祝日

 敬老の日だが、五時四十分起床。今日も仕事だ。ぼくには祖父母がおらず(両祖父と父方の祖母は早くに他界、母方の祖母は東日本大震災の翌日に亡くなった)、両親は高齢者とはいえこの祝日に子から親に何かプレゼントをしたり電話をかけたりというはなんだか違う気がするので、毎年「関係のない祝日」となっている。孫から祖父母へ、というのがよくある姿なんだろうなあ。

 夕方、時間が空いたのでチキンカレーをつくった。久々にタイ米を炊いてみた。うまし。

 夜、妻が出張先から帰宅。イベントは好評の模様。ありがたい。

 

 高橋源一郎「オオカミの」(「群像」2021年10月号掲載)読了。やっぱり『さようなら、ギャングたち』とつながってた。

 
 
 
 
 
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