わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』

 もう殺すしかない。そうしなければ、自我を維持することができない。追跡者も正子も、自分の自我が生み出したゴミだ。そんなことを考えた主人公は、ふたりを殺す。ところが、追跡者だと思って射殺した豹は、実は豹に変身した自分自身だった。うーん、いかにも多元宇宙的ですなあ。ベタな展開だが、そのあとにつづく、実は主人公自身だった追跡者の長い科白が印象的なので、引用。

「だから、言わんこっちゃない。豹は、あんた自身だったんだ。あんたは、あんたの中の豹を撃ち殺しちまった。おれは、その豹がいたからこそ存在を許されていた。だって、そうだろう。これは何についてもいえることなんだが、原点を探るために夾雑物を切り捨てていくとする。そりゃまあ、最初のうちはいいだろうさ。誰が見たって塵や芥や埃としか見えないものだけを取り除いていけばいいんだものな。本当はその塵や芥や埃の中にだって、何十万分の一、何百万分の一かは重要なものが含まれているんだが、そいつはまあ、いいとしよう。問題は全体量が少なくなってきた時だ。その辺からの取捨選択がひどくむずかしいんだ。いや。むずかしいというよりも、こいつをよりわけることはまず並みの人間には不可能じゃないのかね。結局、こいつとこいつのうち、重要なのはどちらかという比較の問題になってくる。いちおう、こいつの方が重要だろうというので、片方を残し、片方を捨てる。残した方をふたつに分け、また比較し、重要な方を残す。そんな具合にして最後に何かが残る。さて、その残ったものはいったい何か。そいつが原点だって。とんでもない。そいつはもはや、ありふれた、どこにでもある、誰もが持っている。実につまらないちっぽけな、屑みたいなものの切れっぱしに過ぎないんだ」