わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

富岡多恵子『動物の葬禮|はつむかし』

 短編集。「窓の向こうで動物が走る」読了。72年の作品。父権の失墜と女権の確立を描いた傑作。何気なく書いているようだけれど、細部まで計算づく。
 主人公ミチコの父オカダは鉛工場を経営している。妻や子どもたちとは別居していた。鉛相場の下落の影響をもろに受け、愛人や経理担当者に会社の金を持ち逃げされた父は工場に寝泊まりするようになる。そこに訪れた大学生になったばかりのミチコは、父にもう愛人などつくらずに家に帰ってくればいいと申し出るが、父の返答を聞くや否や、父を見放す。いやー、辛辣。

 帰るとこがなかったら、うちへ帰ったらええやないの、とミチコは窓の鍵をかけながらいった。それは、あかん、それは、あかんねん、と鉛工場の社長は皮ばりの回転椅子をぐるりと回していった。まあ、お父さんのことやから、すぐに代わりができるのやろけどね、と娘は笑った。もう、代わりはある、と父親も笑った。オカダは自分の飲んでいたコップにあふれるほどの酒をつぎ、お前も飲むか、とミチコの前に置いた。ミチコはそれをひきよせたが、あたしはね、お父さん、まだ未成年なのよ、お酒は飲まれへん、とコンクリートの床に水を撒くように勢よくそれをすてた。

 ミチコの酒をすてるという行為は、父を見捨てたことの暗示だ。同時に、父離れの宣言でもある。