わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

堀江敏幸『郊外へ』

 堀江敏幸は、最近もっとも気に入っている作家のひとり。本作でデビューしているようなのだが、その極めてプライベートな内容のためか、エッセイとして評されることが多かったらしい。しかしこれは虚構だ、と堀江はあとがきで書いている。今日はひとつめの作品「レミントン・ポータブル」の冒頭だけ読んだが、たしかにこの文体は小説のものだ。ちょっと引用。

 四五〇フラン、それよりは安くできないな、だって、まだ十分現役として使えるからね。もう何十年もこの商売をしているんだというような、確信に満ちた応えがかえってきた。紺色のハンチングからふさふさとした栗色の髪がはみだしている、目の大きい色白のその少年は、たしかにスクワール・デュ・タンプルの周囲をとりまく狭い歩道を埋め尽くした古物市のスタンドの一角をあずかってはいるけれど、まだあどけなさの残る中学生くらいの年かっこうで、小切手を受けつけてくれるのであればその値でけっこうだが、現金なら四〇〇以下だと譲らない東洋人にたいして、昼食をすませるあいだ店を任せていった父親から仕込まれたのらしい知識をいかにも得意げに披瀝しながら、精いっぱい大人の真似をして、その品物に示したこちらの執着の度を高めようとする。


郊外へ (白水Uブックス—エッセイの小径)
作者: 堀江敏幸
出版社/メーカー: 白水社
発売日: 2000/07
メディア: 単行本(ソフトカバー)