「鳥の日」。北ヨーロッパの干潟を一人で旅する語り手が、最終日の夜になかなか寝付けぬ中で、あれこれと干潟の記憶を辿ってゆく。そこにある自然の営み、そして人の営み、人の死……。
気に入った部分、引用。
(前略)堤防の内側の荒れた牧草地の上空で、一羽の鳥が翼をひろげて細かく羽ばたきながら、宙に留まっていた。雲雀の天上にしては低くて、囀りも聞こえず、小鳥というには形も大きくて、鷹と見分けた。高くなった道の上からはいくらの隔たりもなく、自然の鷹をこんな近くで見たこともない。鳶のように自在に安らかに宙に浮かぶのではなくて、空中の姿勢を絶えず修正して、わずかに上下左右へ振れながら、その位置を保っている。枯れかけた草にひそむ野鼠か何かの動静を窺っているらしい。そのうちにストンと落ちて、直下を襲うのかと思ったら斜めに流れ、だいぶ離れた草むらに消えたが、首尾は良くなかったようで、草の中からまた空へ上がり、先と同じところに留まった。幾度でも繰り返した。なぜだか、そのつど空中の同じ位置に固執する。その宙に掛かる忙しい羽ばたきを堤の上から眺めていると、天気晴朗で風もないのに、潟から寄せる嵐の中で、懸命に制止しているように見えてきた。その錯覚になかば惹きこまれて、それではここに断つ自分も、目に見えぬ大流に刻々と逆らって、安穏な現在地を保っていることになるのかと思った。いずれボロボロになるぞ、と。
留まることもまた、反抗なのか……書いていて、思い出した。金子光晴。流浪の詩人であると同時に、留まることで反抗した詩人でもある。
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