表題作。早朝に近所の公園で見かけた羽根の折れた鴉の生死を気にする場面からはじまり、夢で見た夜明けの家の様子、少年時代に明け方の街を徘徊する八十過ぎの老人にどうやらとうの昔に他界した息子と間違われたらしく、そのまま家まで送り届けたエピソード、そしていくつかの親類知人の通夜とその後迎えた夜明けの話、と物語はいくつもの「夜明け」を、人の(鴉も、だが)生き死にを絡め取るようにしながら進んでゆく。
気になった箇所を引用。知人の通夜のあと、そのまま夜が明けるまで飲み、家に着いたところで寝付けず、マンションの外階段から殺風景な道路を眺めているシーン。
こんなところで死んでたまるか、というつぶやきを、老いつつある人間はそれぞれに胸の内へ押さえこんでいるのかもしれない。絶望したからと言って、さてほかに死ぬところも見あたらないので、思うことも差し控えているが、もしもその無念のつぶやきが至るところから一斉に、それこそ路傍に落伍した疲弊の旅人のように、かすかな歯ぎしりとともに押し出されたとしたら、無事平穏の街の夜がそれに応えて、誰にも見られないままに、赤く焼けるのではないか。
最後の「赤く焼ける」とは、戦中の空襲体験のイメージを重ねているのだろうか。
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