主人公は、自作を通じてしか妻への愛を示すことができない、骨の髄まで小説家根性がしみ込んでしまった人物(であり、ほぼ間違いなく小島自身)。主人公は本作の冒頭で妻の現状を述べておきながらも、中盤からは妻のことにはほとんど触れず、自作の引用を重ねつづける。しかし、とぼくは思う。主人公は、自作再読を通じて自分の小説家人生、そして妻との人生を再読したかったのではないか。再読は、愛情表現そのものなのだ。
主人公は妻に愛情を伝えたい。しかし痴呆症(?)の妻にそれは届かない。そして、伝えるすべもわからない。だから主人公は自作を(混乱しながらも)再読しつづける。その姿は、直接伝えなくとも、満足できる方法を探しているように受け取られる。最終章になると、主人公はどうやら自作再読をつうじて何かを確信したようだ。それが、小島は使っていない言葉ではあるが、ぼくには「魂」に関する確信であるように思えてならない。老夫婦のあいだにあるのは、油断すると途切れそうなくらいに細いけれど、しかしなかなか切れない糸一本。それが、施設に入れられた妻の魂の命綱になり、加齢による肉体的な衰えと戦いながらも決して筆を置かない主人公(=小島)の魂の命綱にもなる。タイトルの『残光』とは、老齢となり本作を最後と覚悟を決めている小島自身の姿ではなく、妻との愛情の最後の輝きを示しているのではないだろうか。
淡々としてはいるが、実に感動的なラストでした。
って、こういう読み方をしてもいいのかなあ。保坂との関係とか自作再読は、まるっきり無視していることになるなあ。新聞や文芸誌に載っていた書評にも、Amazonのカスタマーレビュー欄にも、こんな意見はなかったもんなあ。
- 作者: 小島信夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/05/30
- メディア: 単行本
- クリック: 9回
- この商品を含むブログ (31件) を見る