わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

古井由吉『白暗淵』

 「地に伏す女」。通夜の行われる寺院が見つからなかったが夜になれば変わり果てた街が、元の土地の様相を浮かび上がらせるように見える、というエピソードから、五十代で亡くなった、よく笑う友人・芦口との記憶に。
 記憶の中にかろうじて残っていた女たちと、毎夜かわるがわる、夢の中で交わりつづける。抱いていると、なぜだか自分とはおよそ無関係なやさしさが滲み出してくる。交わるうちに、体験が、肉体が、記憶が透明を帯びてくる。引用。

 俺が修験の者なら、護符の呪文なんどを芦口の背中か胸に、下手な字だけど、墨で書きつけてやるんだがな、と細長い道の先の家並みの間に駅前らしい明るさがのぞいた時、私は冗談で締めくくるつもりで言った。
 そうなんだよ、と芦口は受けた。俺も実は、消息が知れなくなった顔ばかりが、呼ばれもしないのに来て、責めもしないであわれむので、あの女たちはもう死んでいるんじゃないか、そんなものを招き寄せるようになった自分の寿命にも腹を据えなくてはならないかと考えていたところがこの頃は、死んでいるのは、自分のほうではないか、と疑うようになった、死んでいなくては、女にやさしくなれぬはずの男だからな…(後略)

白暗淵 しろわだ

白暗淵 しろわだ