わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

古井由吉「空白の一日」

 日経新聞夕刊に連載中のエッセイより。毎日日記を付けている男が、一日付け忘れたことに気づかず、日付が一日ずれたまま日記を綴りつづける…というちょっと間抜けな失敗談が、記憶の本質、あるいは忘却の本質にまで広げられる。さすが古井さん、という広げ方と目の付け方。ラストのほうを、ちょっと引用。

 知らざるを知れ、知らないということを知れ、とはこれも古来の教訓だが、知らないということを知るとは、そもそもできることなのだろうか、知らなければ、知るも知らぬも、判別がつかないのではないか、と考えてしまう時がある。さらに、知らないことはほんとうに知らないのだろうか、とも疑いたくなる。記憶にないとは忘れたということであり、忘れたことなら思いだす時もあるだろうから、知らないということとはおのずから違うのだろうが、しかし記憶の空白はその現在においてほとんど、知らないに等しい。しかもしの知らぬも同然の空白がやはりその現在において、人の志向や感情行為におのずと影響をあたえるらしいこと、あたかも記憶を踏んでいるのに、つまり知っているのに、ほとんどひとしく見える。
 人は覚えていることよりも忘れていることのほうに、知っていることよりも知らないことのほうに、支配されて生きていて、ときどきはっと驚くだけのことか。

聖なるものを訪ねて

聖なるものを訪ねて

古井由吉の作品はこちら。そろそろ新作が読みたい…