「群像」11月号より。仲のよかった妹の葬儀に参列した七十歳近い、サラリーマン時代はそれなりの地位を得た男・新平が、親戚連中との会話や妹との別れの中で、引き籠もり・ゲイ・オタクと見事に3タイプに分かれた独身四十男の息子たち三人の子育てを後悔しながら、自分の墓のことを心配する。
非常に地味な内容。だが日常で漠然と感じる不満、不安定、不安、欠落などが、葬儀=死というフィルター越しになると妙に刺々しく浮かび上がってくる。しかしそれを追えば追うほど、小さくはあるのだが確実に、滑稽さが滲み出てくる。しかし笑えない。なぜならそれは滑稽ではあってもやはり悲しみに根付いたモノであることに変わりはないからだ。
それよりも何よりもまず、書き出しの部分の時間の流れのすさまじい早さに圧倒された。数十年を、一気に書く。それでいて物語の導入部としてのドラマティックな感覚は失われていないのだから、すごいなあ。引用。
栃木にある明石家、五男四女の三女、紀子が東京に出て来たのは、昭和三十二年の春だった。
長兄、新平が証券会社に勤め、同郷のはとバスガイド、旧姓鎌田英子と大田区に書体を持っていたのだ。紀子はちゃっかりその社宅アパートに転がり込み、居候しながらこちらの服飾専門学校に通ったのだった。だからもうずっと昔から、兄弟姉妹のうち、新平と紀子は特に結びつきの強かったほうだとも言える。
紀子はそのまま東京のデパートに就職、友人の紹介で地方公務員の林康志君と知り合って結婚し、一女をもうけ、嫁がせ、孫もあり、数えればもう五十年以上、東京で暮らしていた。
「これから入院する、って。紀子が」
実は、この作家のことはよく知らなかった。芥川賞作家なのだが。なんとなくピンと来て読んでみたのだが、正解だったな。
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