わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

一文です

 昨日あたりから仕事が立て込みはじめたので、いつもなら六時前に起きるところを早めて五時三十分くらいに起きようと意気込み、昨夜は目覚ましをしっかりセットして二度三度と、機械相手にしては慎重すぎるくらい繰り返し確認してから寝たのだが、その慎重さが深層心理にどう影響を及ぼしたのか、まず二時三十分ごろに目が覚め、枕元では猫が騒いでいたのでなだめながら少し微睡み、三時になったところで早すぎる朝ゴハンを与え、水を飲ませ、ついでに自分も水を飲み、飲んだ分だけトイレでジョンジョンと出し、ここまでおよそ十五分、せっせと働いてから布団に潜り込んだが、気づけばまた猫が騒いでいて、しかし声は枕元からではなく麦次郎がカミサンと寝ている和室から聞こえてきたので一旦起き上がってそちらに向かうと、部屋の扉のところで花子がなにやらゴソゴソとやっていて、ぼくに気づいた途端に開き直った表情でぷいとどこかに行ってしまい、残されたぼくは麦次郎をなだめなければ、と扉を開けて和室に向かい、何を騒いどるんじゃ、と一声かけてから背中やら腹やらをうりうりうりと撫で、その後しばらく廊下や風呂の脱衣所のあたりをうろつかせてあげたら、いつも花子が飲んでいる水入れからぴちゃぴちゃと、しっかり時間をかけて水を飲み、それでようやく落ち着いたようで、ふたたびカミサンの寝る和室に戻っていったのだが、この時点で時計を見たら五時を過ぎていて、ありゃま、目覚まし通りに起きるとすれば、眠れるのはあと三十分少々ではないか、急いで寝なければ、と思ったのは覚えているが、その後布団に入った記憶はまるでなく、いきなりすっぽり抜け落ちた感じで、気づけば時計は六時半を指していて、目覚ましは鳴っておらず、いや鳴っていたとしても見事にオフにされている状態で、まずい仕事が間に合わないかも、と大慌てで身支度と動物たちの朝の世話をし、すべて完了したところで時計を見たらまだ八時十分、いつも仕事をはじめる時間とほぼおなじだったので安堵し、しかし一方で、間に合わなかったらどうしよう、とごま粒くらいの小さな不安を感じつつ作業を開始したのだが、資料をしっかり読み込んでおいたのが効を奏したか、それとももう何年も手掛けつづけているブランドの商品だからか、言葉をよどみなく書き連ねることができ、あっという間に難産を覚悟していた部分のキャッチとボディコピーができあがったのだが、ここで満足していてはダメで、午後からの打ち合わせの準備を進めなければならず、といってもこちらはさほど大変な作業ではないのであっさりと終了できたので、すっきりした気分で早めの昼食を取り、打ち合わせ場所に向かったのだが、厳しい残暑にへばりそうになり、打ち合わせでは案の定、脳味噌がしっかり働いてくれず、つまり相手の話がとりあえず聞けているしメモも取れているし主旨もわかるのだが、しっかり理解できているとはとても言えないくらい自分のなかで未消化な状態になってしまい、やや不安な気分で打ち合わせを終え、さて帰ったらしっかり打ち合わせ内容を復習、いや反芻しなければ、と考えながら電車を乗り継ぎ乗り継ぎ帰社/帰宅したのだが、最寄りである荻窪駅からは、残暑の西日にもろに照らされながら西に向かって歩かねばならず、これで一気に体力を消耗してしまい、家に着いたころには身体の芯が糸こんにゃくにすり替えられたような気分になってしまったので、これはいかん、心機一転せねば、とシャワーを浴びて身を清め、気持ちを切り替えてから作業を開始したものの、やはり集中力は途切れ気味で、早くこの残暑が終わってくれないだろうか、と願っているうちに日は暮れ、夜になり、満月を二日ほど過ぎた明るい月が登りはじめたので、夜の散歩に出かけると、涼やかな風と秋の虫の声が感じられ、ああ秋なのか、秋なのだろうな、と思ってみるのだが、しかし一方で、身体は相変わらず火照っていて、外気と身体、季節がうまく重なりあっていないことに、不思議さと当然さの両方を感じながら、カミサンとともに西荻窪の薄暗い住宅地を、汗をふきふき彷徨うように歩きつづけた。