わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

小島信夫『月光|暮坂』

「暮坂」。すべての出来事は生まれる前から決まっているとか、この人の子として生まれると決めてから生まれるとか、スピリチュアルな著作によくありそうな内容がつづく、と思ったらこれがラストへの伏線となり、迷走していたテキストは、受け入れたくない息子からの逃避、という問題に見事に帰着する。人間、自分のことなんかわからない。ましてや、運命のことなんて。本作における思考と行動の、そして物語構造自体の(スタティックではあるが)迷走は、その「わけのわからなさ」の具現化のように読める。そして、自分はわけのわからない存在であるのだ、という自虐的な自己認識。しかしそれは自己否定にならない。このあと息子との関係がどうなるかは(本作のみを読む限りでは)皆目見えてこない。でも、それでいい。迷えばいい。困ればいい。そこにこそ人間の本質があるのだから。本作は、そんなことを訴えようとしているように思えてならない。