予想どおり、というか小川洋子の定石というか、主人公の死で物語は幕を閉じる。悲しさと幸福感の同居した理想的な死のかたちであり、おそらくは小川が考える理想的な生き方のひとつなのだろう。だが、うーむ、死以外のラストは考えられなかったのだろうか。ハッピーエンドを描けというわけではない(ハッピーエンドは物語の死だ)。いや、この終わり方こそハッピーエンドなのかもしれないが……。
うがった読み方をしてみる。
チェスとはゲームではあるがその内容は戦争の縮図であり、相手のコマを獲るという行為は、相手に死を与えることに等しい。そう考えると、チェスとは殺伐としすぎている。ところが、遊技として純粋に楽しめば楽しむほど、殺戮の感覚は失せ、コマの動きのひとつひとつが詩的な美しさを帯びはじめる。だが、勝利だけを目的に(欲にまかせたまま、と表現してもいいだろうが)チェスを指せば、そこには失せかけていたはずの命の張り合い、戦争の影が色濃く浮かび上がり、差し手は兵士に、いや、人殺しに変貌する。本作の主人公リトル・アリョーヒンは、勝利欲を無にすることによってチェスが抱え込む先天的潜在的な凶暴性や攻撃性を、詩的な美に変換することのできる数少ないプレイヤーである。ただ、その秘訣が、大切な人の死や別れ、そして閉じ込められた感覚に満ちた彼とチェスの人生における関わり方のすべてにあり、自分の存在を消した状態で人形としてチェスを指すというスタイルにあるというのが、悲しいほどに皮肉すぎる。
どうしたら幸せに生きられるのか。どうしたら幸せに死ねるのか。本作は、いや、小川洋子の最近の作品はみな、現代人にそんな問題を投げかけている、ような気がする。
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