フサは奉公先で、夕張の炭坑へ出稼ぎに行った最愛の兄・吉広が事故死したことを知る。さまざまなかたちの不安で満ちていた作品世界が一変し、今度は悲しみばかりが溢れる。ここでも鳳仙花が効果的に使われている。気に入ったので、引用。
(前略)じぶんで何のためそんな事をするのか分からぬまま身を屈めて鳳仙花の茎ごと折り、それを活ける器を探している自分に気づき、フサは吉広が本当に死んだと気づき、息が詰まった。
日が鳳仙花の花弁にあたり、その紅が溶け出して茎を持っているフサの指を染めるような気がし、フサはその紅の花弁に唇をつけた。紅が血なら日に溶けて流れ出すそれを舐めて、傷を塞いでやりたかった。花弁に唇を押し付けてあるかないかの日の粉末のような花のにおいをかぐフサの眼に、鳳仙花は火焔のように日を浴び、光る血のように生々しく見えた。
その火焔が吹きあがるように流れ出る血を洗い清めようとするように、フサの眼から涙がとめどなく出る。フサはこらえきれなかった。何かの罰にあたったように吉広が死んだ。フサは鳳仙花の花を手にささげ持ち押しいただくように顔を寄せ、声を殺して泣いた。(後略)
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