わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

ヴァージニア・ウルフ/鴻巣友季子訳『灯台へ』

 夫人への、素人画家リリーの憧れ。この作品、登場人物の(些細かもしれぬが)苦悩や悲哀、恥辱、そんなものが次から次へと、駅伝のたすきを渡していくに現れてくるのだが、それらのすべてが、前向きな生き方にどこかでつながっている。作品を人に見せることを恥ずかしがっていたが、バンクスさんに見られることで生じたリリーの心境の変化も、まさにそんな感じ。作品世界の中で重要なパラグラフになっているとは思いにくい箇所なのだけれど、とても気になるし、気に入ったので引用。

 とはいえ、絵はすでに人目にふれた。わたしの手からとりあげられた。この男(ひと)はわたしとなにか切に親密なるものを分かちあったのだ。ラムジー氏にそのことで感謝し、ラムジー夫人にはこういう時間と場をつくってくれたことでも感謝し、世界にはいままで思っても見なかった力があるんだ、その力があれば、もう人はその長い回廊をただ一人行くこともなく、だれかと手をたずさえて歩んでいけるんだ、という気持ちに包まれて----それは世にも不思議な心ときめく感覚だった----リリーは絵の具箱の留め金をやけにしっかりとかけた。カチッという音がすると、絵の具箱も、芝生も、バンクスさんも、ちょうど傍らを走りすぎていったおてんば娘のキャムも、ひとつの環の中へ永久に封じこめられたように思えた。

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