白血病に苦しみ食欲をなくした猫、チャーちゃんになにか食べさせなければ、とスーパーの刺身を買う主人公。その、買いながら悩み苦しむ様子の滅裂さが妙に心を打つ。整然とした美しい文章では決して表せない感情。久々に引用。
(前略)チャーちゃんの病気がいよいよ重くなり、チャーちゃんが何も食べられないから赤身の刺身や甘エビやホタテを買ってきた。チャーちゃんはよくてふた口しか食べない。私はスーパーの刺身の前でチャーちゃんがこれを食べてくれるか、いつもうじうじ迷った。一度カゴに刺身のパックを入れてはまた戻す。そんなところでケチケチした自分に忸怩たる思いがある。忸怩たるとはこういうときにこそ使うんだろうか。たった三百円か四百円のことだ。チャーちゃんが食べられなかったら自分で食べればいいじゃないか? チャーちゃんのために買った刺身なのにどうして私が食べられるか。チャーちゃんが食べないから自分が食べる。そんな簡単なことじゃない。うじうじ迷う私の指が持った刺身はもうそれだけでチャーちゃんを治す力を削がれたか。そんな悠長なことを私は考えなかった。
考えないのかよッ。とツッコミを入れたくなりながらも、強く共感し、激しく胸を打たれた。猫を買うとは、こういうことなのだ。
- 作者: 保坂和志
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/09/28
- メディア: 単行本
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