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わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

ホテル雅叙園東京「和室で楽しむねこアート 福ねこat百段階段」

 目黒雅叙園の「百段階段」で開催されている猫アートイベント猫町さんが企画している模様。関係ないけど、目黒雅叙園のオーナーって外資系ファンドなのね。

 日本における「アート」「アーティスト」は、芸術/芸術家であると主張しきれないものの(芸術という言葉には日本では常に「高尚さ」がつきまとう)普通の感性でつくったわけじゃないよ、でも商業主義的に行きたいよ、といった中途半端な思惑が見え隠れするようで(すべてが、ってわけでもないんだけど)、これらを名乗る企画や人物に、ぼくはついついちょっとした警戒心や猜疑心を抱いてしまう。要するに「センスの押し売り」的な空回りがイヤなんだけれど、今回の企画展ではそこがうまく中和されていた。それはやはり「猫」という自分にとって身近な存在がテーマだったからかもしれない。ま、例外的な作品もあったけど。(すべての造形作品が芸術であるべき、と主張しているわけではないですよ。おそらく日本語の「アート」「アーティスト」は「ポピュラー」「商業的」という意味を含めたかたちで使われているので、そこを理解した上での鑑賞か購買行動であるなら、それはそれでいいと思う。ひとつの市場が形成されるわけだし。アートに対する言葉として純粋芸術という言葉を仮に対置させるとして、その純粋芸術には投資・投機という行動が絡んでしまい、価値の異常な高騰が起きてしまうという状況のほうがよっぽど問題なのかもしれない。最近はそういうのは少ないのかもしれないけどね)

 

 猫は「和」や「神仏」と相性がいいようで、これらをテーマにした作品が多く見られた。猫を仏に見立てたものや、国芳の作品の立体化はおもしろかったなあ。

 それからもひとつ。百段階段は薄暗い和室空間なので、芸術作品の鑑賞環境としてはよくない、と感じた。特に絵画。立体作品やインスタレーションは空間特性を逆手にとった展示ができるだろうが、絵画は光をどう当てるか、という問題にかならずぶち当たる。そこがクリアできないんだよね、あそこは。

 

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