わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

プチ切れた

 夕べのことだ。冷えてきたのでそろそろ、と羽毛蒲団に買ったばかりのカバーを付け、今日はフカフカの中で熟睡だ、とうかれながら歯を磨いたりあれこれ済ませ、戻ってきたら蒲団の上に花子がシッコを垂れていた。花子、子どものころからフカフカしたものの上にシッコしてしまうというおかしな癖があるのだ。それを忘れて目を放したぼくが馬鹿だった。花子はまったく悪くない。カミサンとシッコの始末をしていたが、そのときの語気が少々荒かったか。花子、自分が怒られたと勘違いし、ニンゲンに対して抗議するようにニャーニャーと鳴きはじめたかと思ったら、そのうちシャーと威嚇、近寄れば激怒、手がつけられない状態になってしまった。一晩書斎におこもりいただき、怒りを冷ましてもらうことにした。
 五時。様子を見に行くと花子、いつも通りの態度でゴハンちょーだいとねだってくる。普通に接して、普通に給餌した。
 六時三十分、起床。身支度後、書斎にいる花子をアトリエに移動させて寝かしつけ、ところどころ残っているシッコの後をウェットティッシュで拭いていたら、花子め物音も立てずにぼくのそばに戻ってきた。それに気付かぬぼくが馬鹿だった。尻尾(だと思う)を軽く踏んでしまった。身は踏んでいない。だが花子は怒った。切れた。また逆戻りだ。しかたがない。午後まで書斎におこもりいただいた。仕事はリビングの机を使ってやった。
 午後、様子を見る。怒りは収まったようだが油断は禁物。カミサン、午後からはアトリエ使わないから花子を移動させようと提案。同意。ゴハンを与えながらアトリエへ誘導し、ドアを閉めた。ときどき淋しそうな声で鳴くが、こっちが声をかけても返事してくれないこともある。そのままの状態でぼくは外出。十七時より、小石川のL社で打ち合わせだ。済ませて十九時に帰宅/帰社、窓からアトリエを覗いてみたら、すっかり落ち着いた花子が鼻をフンフンと鳴らしながら窓辺に寄ってきてくれた。もう大丈夫だろう。だが油断は禁物。この日記を書いている今も、時間で言えば二十三時五十五分、花子はアトリエにこもり中。花子はときどき淋しそうにフニャンフニャンと鳴いている。普通の生活に戻すのは、明日の夕方あたりにしようかと考えている。

 大江『さようなら、私の本よ!』。老人にとっての、残りの人生とは何なんだろう。古義人と繁、ふたりの老人は違う方向を見ながら、しかしおなじ場所で、共同で何かをしでかそうとぼんやり考えているようだ。