博士が愛した数式とは、「私」と博士を結ぶ数字の神秘、そして博士とルートをつなぐ数字の神秘である。作者は、数学という絶対的な真理を通じて運命を受け容れるということを描きたかったのだろうか。三人は、運命を自分なりの形で受け容れた。記憶のループという地獄にはまりこんだ博士はルートという救世主を得、様々な不安の中で生きていた「私」とルートは、逆に博士と数学の世界という救世主を得ることができた。救いの等価交換だ。もちろん、登場人物たちは誰も(そして作者も)、交換などというチンケなことは考えていなかったろう。しかし、無償の愛は無償の形で返ってくる。
救いは、誰にでもある。ただ、その形やあり様が見抜けないだけなのだ。簡単そうな数学の定理でも、証明するとなると膨大な労力が必要となるように。
この作品は、世間が騒ぐように「泣ける」「泣くために」といった読み方をするべきものではない。そう痛感した。