「返信」を読みはじめる。内田魯庵の小品「漱石の万年筆」を紹介するところからはじまる。魯庵は、漱石は自分には気難しい一面は見せず、その頃は誰にも親しげだった、という話を書いている、と紹介するのだけれど、いきなりそのあとに
それから、万年筆のことに及んで行ったのであるが、そこのところは忘れてしまった。とにかく、
とつづける。……なら、書かなくていいじゃん。いきなり拍子抜けてしまった。でも、作者は書かずにはいられない。自分が老いていることを無意識のうちに受け入れ、どうでもいいことは忘れてしまっていいという考え方を、他人には強要しないが自分はそうしているのだというやわらかな主張を、自然と文中に盛り込めるのは素敵なことではないか。こういった無意識の積み重ねが、小説には思わぬ効果を、作者自身すら気づいていない効果を生み出すことがあるようだ。うーん、『森の…』とは対照的。やっぱり、ぼくは完成度の高い絵よりもどこかで破綻している絵のほうが好きだし、音楽も、小説もそのほうが魅力的だと思う。
- 作者: 小島信夫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/10/11
- メディア: 文庫
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