わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

[日記]尿

 七時起床。今日は健康診断の日。バリウムを飲むので昨夜以降検査終了まで固形物の接種は厳禁、水も朝八時以降はダメ。ということで、起きてすぐにまずグビリ、もう一杯グビリ、身支度済ませてまたグビリ、ドウブツたちの世話してからもういっちょグビリ。これだけ飲んでおけば大丈夫だろう。尿検査のときもジョンジョロジョンジョロと紙コップ七、八杯分くらい尿が取れるにちがいない。そう思いつつ八時以降は掃除などしていたのだが、便意をもよおした際、うっかりついでに小便をしてしまった。ボットンボットンのあいだに、ジョンジョロジョンジョロ。いかん。これでは紙コップ半分、いや二滴か三滴しか尿が出ないのではないか。まあ、なるようになれ。
 午後、カミサンと高円寺にある河北病院の検診センターへ。案の定、尿はなかなか出ない。便器の前に立ち右手でちんちんをつまみ、左手に紙コップを持ちちんちんのすぐ横あたりでスタンバイするのだが、膀胱からちんちんに尿が流れてゆく感覚がなかなかない。焦る。ひざを曲げて小刻みに身体を上下左右に動かしてみたりするが、やはり尿意は訪れない。しょぼくれた我がちんちんをじっと見つめ、出ろ出ろ尿出ろ、と念を送り、ほーにょほーにょ、放尿、魚の尿〜、と時折くだらぬ替え歌を心の中で歌ってみたりするのだが、やはり尿意はまったくない。あーあ、やべえなあ、そう思った瞬間だった。ぽとん。うっかり、左手に持ちちんちんの横で準備万端となっていた紙コップが、なかなか尿が注がれないことにしびれを切らしたのだろうか、手から滑り落ちてしまった。便器の中に溜まった水の上に紙コップが浮かんでいる。うわ、うわ、うわ、やっべえやっべえ、と慌ててコップを拾い上げる。トイレットペーパーでぬれた部分を念入りに拭く。だが、誰の尿なのかを識別するために外側に貼られた名前のシールが水分を含んでしまい、少々よれてしまった。これを見た検査担当者は「この人は尿を紙コップの外にこぼしてしまったにちがいない」と思うのではないだろうか。「外側が尿で濡れた紙コップを触るのはいやだなあ」と、検査を拒否されるかもしれない。いや、そんなことはないだろうが。いずれにせよ、いい気分はしないだろう。あーあ、やっちまったなあ、とつぶやきつつ、こんな状況で尿出せってか、出るわけねーよ、とひとりぼやいていたら、意外や意外、その後すぐに尿が出た。ほーにょほーにょ、放尿、わたしの尿〜。紙コップを濡らしたことは早く忘れよう。そう心に誓いながら、トイレから出た。
 ほか、視力聴力身長体重メタボ測定血液検査心電図胸部レントゲン。そして胃のレントゲン、すなわちバリウム。毎年やっているのでかなり慣れたが、慣れたからといって好きになれるわけではない。
 終了後、カミサンと荻窪へ。ルミネのレストランフロアにあるイタリアン(名前忘れた)でピザとラザニアを食ってから帰宅。バリウム検査後に飲んだ下剤が効いて、何度もトイレへ。下痢で疲れたのか、夕方は書斎で爆睡してしまう。
 夜はフジテレビでやっていた赤塚不二雄追悼の特番を観た。ドラマとインタビューが入り混じった構成。ドラマのほうは、赤塚のむちゃくちゃな生き方よりも孤独さや悲しさばかりがクローズアップされていて、ちょっと不満。インタビューはおもしろかった。

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