わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

小野正嗣「獅子渡り鼻」読了

 母の記憶に残っているはずの、町の情景に、尊は、愛と嫌悪の両方を、そして絶望と希望の両方を、無意識のうちに見出しているようだ。意識は過去に引き摺られる。だが彼は、確実に未来へと進みはじめている。多くの他人たちに助けられながら、たった二人の身内のことを気に掛け、そして悲しみつつも、彼はなんとか、前に進もうとしている。彼の目の前に時折現れるご先祖の文治は、その指南役であり、助言役になっているようだ。
 芥川賞候補作になった『マイクロバス』は難解の極みのような作品だったが、本作は非常に読みやすい。そして扱うテーマがより明解になっている。しかし読み手を、登場人物が抱え込む記憶と感情の複雑な迷路へ巧みに誘い込み、路頭に迷わせるという感覚は相変わらずだ。今年読んだ作品のなかで、これが一番気に入ったかもしれない。『さよならクリストファー・ロビン』より上かもな。

群像 2012年 11月号 [雑誌]

群像 2012年 11月号 [雑誌]

小野正嗣の作品はこちら。『マイクロバス』も傑作です。
さよならクリストファー・ロビン

さよならクリストファー・ロビン