母の記憶に残っているはずの、町の情景に、尊は、愛と嫌悪の両方を、そして絶望と希望の両方を、無意識のうちに見出しているようだ。意識は過去に引き摺られる。だが彼は、確実に未来へと進みはじめている。多くの他人たちに助けられながら、たった二人の身内のことを気に掛け、そして悲しみつつも、彼はなんとか、前に進もうとしている。彼の目の前に時折現れるご先祖の文治は、その指南役であり、助言役になっているようだ。
芥川賞候補作になった『マイクロバス』は難解の極みのような作品だったが、本作は非常に読みやすい。そして扱うテーマがより明解になっている。しかし読み手を、登場人物が抱え込む記憶と感情の複雑な迷路へ巧みに誘い込み、路頭に迷わせるという感覚は相変わらずだ。今年読んだ作品のなかで、これが一番気に入ったかもしれない。『さよならクリストファー・ロビン』より上かもな。
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