家探しは断念した。使いやすい間取り、美しい外装、気に入った街、そして値段。すべてに満足ゆく物件にはとうとう一度も出会わずで、深追いをつづけるうちに事務所の更新の時間が近づいてしまった。断念すると意外に新居への執着はなくなる。なぜこだわっていたのかと訝るほどに薄まってしまう。そうなれば視線は自然と今のマンションへ向かう。汚れが気になった。間取りをもっと有効活用できないかと考えた。気になる部分、変えたい部分を変えてゆけば、理想の家にはかなり近づく。もともと愛着のある空間であり、愛着の深い街にある。ゼロから探し求めるよりも、今住む場所を変えたほうが手っ取り早い。遣う金も少なくて住む。そして何より、引越しのストレス、精神的な負担を猫にかけなくて済む。
わが家は猫を中心に動いているのだ、とつくづく思った。その中心のかたわれ、花子は足元でドライフードをカチャカチャならしながら食べている。麦はリビングでカミサンにベタベタしているようだ。ぼくもカミサンも、猫から離れることができない。
夕べは目覚しをかけ忘れた。寝るまえにストレッチをするのが日課だが、筋肉を伸ばしながら、気づけば寝ている。そんな状態だったからか。わからない。だがロスタイムはわずか十五分で済んだ。とはいえ朝に慌てなければ行けない理由もなかった。いつもと同じペースで身支度して事務所へ向かう。七時十五分。
薔薇の季節は露が来る前に終わるが、深紅の薔薇だけはときおり咲きつづけているのを見かけることがある。梅雨時の雨に濡れ、さらに赤みが深まるようだがそれを玄妙に照らし出す陽の光にはなかなか恵まれない、などと考えながら、薔薇の生け垣がある一戸建てのそばを通りすぎると、坂上から広がる空に一瞬だけ青空がのぞいた。南の空だ。陽は見当たらない。東に伸びる薄い雲に被われているらしい。
雨は降らないな、出掛ける予定はまったくないが。そう思った。
L社パンフレット。文字通り、明けてもくれても取り組みつづけている。台割をつくっても、文字の落とし込みをはじめるとすぐに迷う。いまだ未知の世界に足を突っ込んだという思い込みから抜けられぬらしい。先入観は敵だ、と常々感じる。諸行無常。理解できれば先入観などなくなるのだろう。だが悟りきった人生などつまらない。諸行無常が板についてはコピーライターなど務まらない。こうして駄文を連ねる意欲も失せる。
二十二時、帰宅。セブンイレブンで「立ち読み君」を見かけた。いつもマンガを立ち読みしているので命名したが、向こうは命名されたなどとは思ってもいないだろう。
猫ヶ島http://www.geocities.jp/nekogasima/ のしまちゃんがクロネコを保護したらしい。生後二ヶ月程度、寄生虫がいたようだがほかはいたって健康。わが家に招きたい、とちらり考えたが、我が道を行くタイプなようなのでそれは無理か。
古井由吉『仮往生伝試文』。忙しいとさらに読むペースが落ちるなあ。